名古屋地方裁判所 昭和27年(ヨ)611号 決定 1952年11月13日
申請人 広瀬正志
被申請人 株式会社トヨモータース
主文
申請人から被申請人に対して提起する解雇無効確認請求事件の本案判決確定に至るまで、被申請人が昭和二十七年五月二十四日申請人に対し為した解雇の意思表示の効力を停止する。
申請費用は被申請人の負担とする。
(無保証)
理由
一、当事者双方の主張の要旨
申請人代理人は本件申請の理由として「本件解雇は、何等正当な具体的理由なく為されたものでそれ自体無効であり、仮りに然らずとするも申請人が労働組合結成並にその後の組合の維持発展のため尽力し組合運動に熱心なところから就業規則違反に藉口して行われた不当労働行為として無効であるから、被申請人会社従業員たる地位保全のため本件申請に及ぶ。」と陳述し、被申請人代理人は本件解雇の理由として「申請人に於て不都合な行為があり且つ被申請人会社のやむを得ない業務の都合上解雇したのであり、右は被申請人会社従業員就業規則第三十五条第二、三号所定の解雇基準に該当するものである。尚本件解雇が不当労働行為であるとの点を争う。」と述べた。
二、当裁判所の判断の要旨
当事者双方の提出した疏明方法並に審訊の結果により一応認められる事実関係に基き判断するに、先ず、被申請人会社従業員就業規則第三十五条の解雇基準に掲げる「不都合ナル行為ノアリタルトキ」(同条第二号)というのも「ヤムヲ得ナイ業務ノ都合ニヨルトキ」(同条第三号)というのも使用者の一方的な立場から考察すべきでなく、労使双方の立場を衡量の上会社経営全体の健全性という観点から考えて、そのことを理由として当該労働者が解雇されることは相当であると社会一般人をして首肯させる程度の事由を指すものといわねばならない。蓋し雇傭関係は継続的な信頼関係であつて、ことに労働者はこれに立脚して生活しているのであるから労働者が右に述べたような解雇を相当とする事由なくしてたやすくその地位を失わしめられるとするならば労働者の生活の安定は全然期しえられないことになるからである。
以上の見地に立つて本件を考えてみるに、申請人は名古屋大学工学部出身で被申請人会社現場従業員中唯一人の大学出としてその技能に対し被申請人会社社長が期待していた程の成績は必ずしも挙げ得なかつたこと、申請人が主任又は課長をしていた頃主任会議や課長会議の席上被申請人会社社長の経営方針に対し必ずしも全面的に賛成する態度を示さなかつたこと、本件解雇の前日被申請会社社長が申請人に対し共産党に関係の有無について質問した際申請人は答える必要はないと拒否し社長の感情を傷つけるような態度があつたこと並に本件解雇当時被申請人会社は所謂中小企業としての経営上特に生産の実績を挙げなければ他の同業者に立遅れるという情勢にあつたことが窺われるけれどもこれらの事情は何れも未だ以てさきに説明した如き解雇を相当とする事由に該当するものとは考えられないしそのほかには右事由に該当するような具体的な事実についての疏明がない。従つて本件解雇は被申請人が解雇事由として主張する被申請人会社従業員就業規則第三十五条第二、三号該当事実の疏明なきことに帰着する。そして就業規則の解雇基準に違反して為された解雇は労働基準法第九十三条の法意に照し無効と解するのほかなくこれを放置して本案訴訟の確定を待つていては申請人にとつて回復すべからざる損害を受けるものと考えられるので主文の通り決定する。
(裁判官 成田薫 奥村義雄 賀集唱)